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[小説]デパートにて(後編)

 デパートにて(前編)

 次の日の朝から直子は起きてこなかった。心配した私は朝だよ、と声をかけてみたが、こんもりと盛りあがった掛け布団はうんともすんとも言わなかった。気をよくした私はトイレにこもり、いつもより時間をかけて新聞を読んだ。私をかき乱すものは何もなく、まったく平和だった。フリルか、花柄か、スパンコールかで頭を悩ますことはなく、ボサボサ頭とも、変な眉毛とも無縁だった。

 私は日曜日まで山崎リッケンバッハちゃんをそっと見るために一日おきにデパートへ行った。毎日行ってはさすがにストーキングなので隔日くらいがちょうどよい。山崎リッケンバッハちゃんは相変わらずの美しさだった。エスカレーターでのぼっていくと山崎リッケンバッハちゃんを見ることができた。そしてそのまま何食わぬ顔で四階まで行き、そこで下りに乗り換えて二階までひきかえして、再び上りで三階の山崎リッケンバッハちゃんを見る。これを三セットこなした。四回以上は不審者だった。

 私は山崎リッケンバッハちゃんの素晴らしさをノートに書いた。山崎リッケンバッハちゃんは素晴らしい、と毎晩五百回書いた。誠意ある思いを伝えたかった。五百回書くと達成感と脱力感がないまぜになり、気持ちの発散をすることができた。そうした後、頭まですっぽりと布団をかぶって、息をふるわせながら、眠るのだった。

 土曜日の晩、来客をつげるドアのチャイムが一回なり、一呼吸間があいて再びなった。そしてドアノブをがちゃがちゃ言わす音がきこえてきた。佐々木氏だ! 五百回の練習書きを終えて、清書にうつろうとしていた、私の、この、高揚した、甘美な、気分を、ひとときを、害された私の心境を! なぜこうも佐々木氏は、世間知らずで、どうしようもなく、気持ち悪いのだろうか!

「なんなんですか! けいさつを呼びますよ!」

 ドア越しに威嚇しようと少し大きな声をだした。すると向こう側から声がかえってきた。

「隣の佐々木ですけど、夜分おそくすみません、お話があるのです、開けてもらいませんか」

「嫌です。気持ち悪い」

 と私はかえした。

「そこをなんとか」

 佐々木氏は哀願する口調だった。悪くない。私はしばし考えて、呼吸を整え冷静さをつくろってドアをあけた。ドアチェーンががちゃりといった。それと同時に佐々木氏が口を開いた。

「いえ実は、何やらね、私、あなたをここのところ頻頻とデパートで見かけるものですからね、もしやマ」

 私は佐々木氏の言葉をさえぎった。

「いいがかりはよしてください。あなたがどうしようもない種類の人間で、昼間何もすることがなく、デパートをうろうろしていない限り、私がデパートにいるところなど、見れるはずがないのですよ、いい加減にしてください。すべてあなたの空想です」

「そうですか? 私は、昼間何もすることがなくどうしようもない種類の人間のあなたを、それでなぜか所在なくデパートをうろうろしているあなたを、たしかに、見たと思ったのですが、気のせいでしたか」

 何を言っているのだろう、この男は? 佐々木氏は薄ら笑いを浮かべている。私は無言でゆっくりとドアを閉め、鍵をまわした。しばらく様子をうかがったが、それきり夜中の玄関はしん、と静まりかえっていた。佐々木氏は無事人間性を取り戻したようだった。

 もう、五百回の続きをする気にはなれなかった。そのまま私はベッドに頭まですっぽりもぐりこんで、自信と確信に胸をふるわせながら眠ることにに努めた。いよいよ日曜日だ。

 私は彼女と魂をひとつにするために、ついにこの時を迎えた。何かに導かれるように寝台から体を起こすと、すでに約束の時間だった。私はドアチェーンをはずしドアをそっとあけて部屋を出た。階段を使うのは面倒だったので手すりに手をかけ二階からとび降りた。闇夜に軽い音が響いて夜霧がわれた。後ろをふり返ったが誰の姿もない。ひやりとした空気が頬をなでただけだった。

 私は闇の中、煙る視界の中を駆けた。深い霧は山奥の温泉町か港町を想像させたが、私は港の方を選んだ。潮がほのかに香り湿り気が体を包んだ。真っ黒なアスファルトに足が吸いつきまた勢いよく弾ませた。手足を思いっきり動かしてひたすら駆けた。体は思ったよりしなやかだった。

 K子が現れてこう言った。

「気をつけて有刺鉄線よ」

 勢いをつけて跳躍すると私の体は風をきってぐんぐんのびた。簡単に跳び越えた。やがてじんわりと汗がにじみ出した。息も少し乱れてきたがまだまだ大丈夫だった。

 デパートのガラス窓が見える。

「行くわよ」

 とK子が言った。勢いを保ったまま思いっきりぶつかるとガラスは自ずと割れたようにあっけなかった。大きな音をたてて私たちは店内に転がった。これでは明日掃除が大変だろうな、と少し心配した。

 K子は私を先導するようにエスカレーターへ進んだ。エスカレーターは動いていなかった。普通の階段のようにのぼると、驚くべきことに二階に人の気配がした。とっさに身をふせる。K子がおもむろに暗視スコープを取り出して確認すると、こちらを向いて人差し指をたてた。歩哨は一人だけだ。何も言われずとも了解した。敵は武装している。すぐさま土嚢の影に隠れるべきだった。いちにのさんで飛び出すと、後ろで大きな音がした。何かが粉々に吹っ飛んだようだった。私は何かのくぼみに転がり落ちた。土嚢の裏側に気持ちばかりの壕が掘ってあるようだった。怪我はなかった。見るとK子も無事だったようですでにやたら長い銃を取り出して、土嚢の上に頭を出した。私は咄嗟に「あぶない」と言ったが、銃声の音にかき消された。敵もこちらに向かって撃ってきた。やがて土埃と煙で何も見えなくなった。

 爆音と閃光でどうにかなってしまいそうだった。私は情けないことに恐怖のあまり身動きをとることができずにただ震えているばかりだった。私は戦闘むけにはできていないのだ。つくづくK子の存在が心強く思えた。一瞬、音がやんだ。おそるおそる目を開けるとするとなんと、あろうことかK子は銃をすてて飛び出していった。K子が戻ってくるまでは私にとって長い時間だった。指をぎゅっと握りしめたりした。それに飽きるとキョロキョロあたりを見まわした。そうしたら地面にK子のバカと書いた。それを見てニヤニヤしていたらK子が戻ってきた。

「しとめたわ」

 とK子が言った。

「どうしてそんなあぶない真似をしたんだい」

 と私がきくと、

「音が」とK子は言った。「音がしたのよ。クリップの落ちる音がね。装填の隙をついたのよ」

 そんな音は私にはきこえなかった。K子は泥だらけの顔で微笑むとこう言った。

「さあ、いよいよ三階ね」

 K子の手をかりてこのささやかな溝から這いあがると、私たちはゆっくりとそして慎重に三階に進んだ。緊張が高まる。一段一段踏みしめる足に力がこもった。

 山崎リッケンバッハちゃん!

 彼女は闇中にあるかなしかの光に照らされて仄かに青白く浮かびあがっていた。私はいてもたってもいられなくなり小走りで駆け寄った。私はぎゅっと抱きしめた。力を込めて抱きしめた。彼女の口から吐息が漏れた。そして見つめ合った。やっと、やっと、やっとだ。潤む瞳が私の官能に火をつけ、もう一度ぎゅうぎゅうと抱きしめた。それで口づけをしようとしたが、若干私の方が背が足りなかった。つま先立ちをしても足りなかったので途方にくれた。見つめあって照れを隠した。その時K子が咳払いによってその存在をあらわにすると、私たちは現実に引き戻された。帰ろう。私は彼女の手をひいて台座からおろした。

 その時、少なくない数の足音が響いた。「そこまでだ!」と野太い声がした。次々にきこえる発砲音、ひゅんひゅんと弾丸の音が耳の横をかすめ、私は真っ白になって立ちすくむしかなかった。「ここは私にまかせて」とK子の声で我にかえった。「あなたたちは先に逃げて! さぁはやく」「それじゃあ君が…!」「いいのよ、とんだどじを踏んだものだわ。私にはこれがお似合いなのよ。いろいろあったけど、忘れないわ、あなたのこと。本当にいい思い出。…できればもう一度くらい抱いて欲しかったけどそれはかなわないわね。直子さんにも山崎リッケンバッハさんにもジェラシーだわ。仕事の関係、そう自分に言いきかせてきたけど、心ってそう簡単におさえられるものではなかった。冷めた自分をつくっても、内側はとても熱かったのよ。あの晩のことは決して忘れられないわ。あなたは私のくびすじを執拗に舐めたわね、私のくびすじそんなに良かった? 凄く感じちゃった。鼻息が私の体にかかって、あ、この人興奮してるんだなって。私左耳が凄く感じちゃうの。あなたの顔がだんだん左耳に近づくにつれて、もう体がくねって声もでちゃうし、もう最高だったわ。快感に振り落とされないようにあなたの体を必死につかんだわ。しまった太い腕、あぁ筋肉だなぁってうれしくなっちゃった。筋肉に薄く脂がのって、ぎゅっといくら抱きしめてもつぶれない、頑丈な体。思いっきり力をこめてあなたを抱いたわ。そうするとあなたも力をこめる。ふたりとも興奮して、けだものみたいだったわね。あなたは私の体に自分の体をこすりあわせて、私もそれにあわせてあなたに体を密着させたわ。あなたは私の全身を舐めまわす。それで全身ぐちゃぐちゃの唾液まみれ。もうわけわかんないくらいに興奮しちゃった。あなたのこととっても愛おしく思えた。とっても愛おしくて愛おしくて。上に乗って、私もあなたを責めるの。乳首を舐めると吐息を漏らすあなたは最高よ。それに正直、私あなたの、その、ちん…ちん…が好きだった。ちょっと小ぶりっていうのかしら、失礼、握りやすかったの。私の手にしっくりなじむあなたの熱い器官。持って帰りたかったわ。いつでも一緒にいたいって思えるほど、私の理想にぴったりだったんですもの。握るとさらに熱くなって、あぁ、もうそろそろ欲しいなって思っても、あなたはいれてはくれない。生殺しだわ。舌と指で執拗にいつまでも私をせめるの。のどが渇いて、でも声がでちゃって、またどんどんカラカラになって、最後は本当にぐったり、もういいわって感じ。その時はあぁこれが愛かしらと思ったものよ。こんなにも抱きあって愛撫をしあって、これが愛じゃなくて何というのかしら。いつまでも一緒にいたくて、額と額をくっつけあって、離れたくない離れたくないってわめいちゃった、私。愛してた…本当に愛してたわ…。さよなら…」「K子!」K子は自爆スイッチに指をかけた。「伏せろ!」私は山崎リッケンバッハちゃんの頭をおさえて倒れこんだ。閃光がひらめいた。爆音とともに爆風が私たちを襲った。…

 私は山崎リッケンバッハちゃんを引きずって家まで帰った。もうくたくただった。マネキンのぶらぶらした足が階段をのぼるたびにカンカンと音を立てた。腕もぶらぶらして私の胸を小刻みに打った。私はなすすべもなく、ただ彼女のひどい仕打ちに身をまかせていた。

 やっと階段をのぼりきって正面を見てみれば例の薄ら笑いのはげがいた。卑怯な薄ら笑いに待ち伏せされたのだった。

「すてきなお嬢さんですね」マネキンを指さす佐々木氏。「しかし随分酷い怪我だ」

「あなたはそんなことを気にするより自身の顔面を気にしたほうがいい」

「私は自爆なんてしませんよ」

 佐々木氏のせりふが容易には頭に入ってこなかった。

「私はするかもしれない」

 そう言った私はいそいでドアをしめた。やたら重たいマネキンを即座に廊下に放り投げ、あわててドアチェーンをかけた。安堵感に包まれて深い息をはいたのをおぼえている。急かされるように服を脱ぎ捨てガウンをはおりながら寝室に入ると、なんだか生臭い。直子のベッドが生臭い。布団をどけるとマグロだった。私はそれを抱えて浴室まで運んで放り投げた。あとで解体して捨ててしまおう。今日はとにかく疲れた。睡魔がひどいのでもう寝てしまうことにした。私はベッドに頭まですっぽりもぐりこんで、疲労と虚脱に体をふるわせながら眠りに落ちた。意識があいまいな中、明日は新しいシーツでも買いにデパートへ行ってみようと思いついた。


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